第1101話 体のギリギリの使い方
- 2018/08/26
- 08:43

世間では一般的に色々な太極に関する勘違いが存在していますが、本来ならば太極は体をギリギリの角度や姿勢を体が硬直していない状態で、日々の練習を続けていくわけです。
わかりやすく言いますと、世界の色々な太極拳を拝見していると多くの人は手も足もかなり曲がっています。しかも、弓歩の際も後ろ足迄かなり曲がらせています。伺ってみたところでは、何式はこうだとか、この国はこうだとか、太極のすべての動作は手足が曲がるべきだとか…まあ、色々な理屈がありますが、体が力みを感じた場合は少々曲がっても仕方がないです。逆に手足や体を伸ばしても体が力まなければしっかりの伸ばしてもまったく問題がありません。
しかし、人類の誰もが鈍感な特性を持っています。私達は自分自身の限界を知っていればきっと、無茶に体を使うことはしないでしょう。当然、場合によって我々は自身の限界を知らないことによって体をしっかり使っていないケースも多々あります。程々に使う、力まずに使うことはいかにもタオイズムの基本考えに近いかは説明の必要もないですが、固定観念を抱き自身の動きをまったく変えようとしない人間は当然、いつになっても太極によって内面的な変化が実現出来るとは思えません。
結果、太極の練習は力む寸前が体の感覚の認識と、人間が限界ポイントが日々の体調によっての変化への認識を磨くことになります。人間は周りの出来事によっても、四季の移り変わりによっても自身の身体能力が常に変化しており、それを知るには毎日のようにできる限りの太極拳の練習を続けるしかありません。当然、一定の内面的な動きを習得している人間のアドバイスを常に得られるのならば、太極勁への習得も当然速くなります。太極は独学では有り得ないと思います。


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