第1163話 整えていく間違い
- 2018/10/27
- 10:06

太極の初心者ならば、間違った動きを指摘するといつも、素早くその動作を頑張って変えようとします。これはもはや国籍も民族も関係ないようです。だが、太極の基本理論からすると自身の動作はいかなる場合でも一定の速度を保ち、慌てて自身の動作や位置を変えることが有り得ないです。
本当は、初心者には太極拳を練習している途中に声をかけて、その間違った動きを注意するのは私もかなり躊躇いたします。正直なところ、動作の一つならば間違っても良いですが、全体の動きが力んでいない状態で体の色々なところが解放されればよいです。
しかし、初心者は、一つの動きが間違えば、このままにずっと引き摺ることが多く、このまま太極拳が終了してしまうならば、練習にもならないし、関節を壊すことも避けられませんね。
一般の教室のレッスンは基本的に一対一は不可能です。こう考えると私はいつも、一種の言えぬ罪悪感さえ感じます。大昔の太極門ではお父さん一人で息子が一人、まあ多くても子供三人のレッスンが普通ですが、今日ではこのようなレッスンをすれば、教える人間はまず生計が立てられません。
しかし、私は現在一つの教室を約10人を教えても楽ではないと感じています。一人ひとりの間違っている動きをその時に指摘すべきか、練習を終えてからすべきかを瞬時に判断しなければなりませんし、その日その日はどれ程に指摘をすれば会員さんが消化出来るのかも教える人間の責任になります。太極を教えることは体力と能力の両方仕事です。
当然、わたくしは出来る限り、自身の考えや体の動きを皆様に伝えたい気持ちでいっぱいです。
見学禁止や見学有料の太極拳教室の考えはかなり同感しております。
私は例え、見学であってもいつも懸命に教えています。ですので、見学後の話し合いでいきなり、実は入会は全然考えいないとか、明らかな偵察とかが判明すると、その疲れは本当に半端ではありませんね。
しかし、それでも私は個人的に見学を遊びや自身の商売のプラスになることしか考えていない人から料金を頂きたくありません。
授業料は、練習し続けて自身の体を変えたい方からいただくべきだと考えております。
これからも少人数で、皆様の動きの間違いを修正して参ります。


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