第1165話 3人分の朝御飯
- 2018/10/29
- 09:32

昨日は午前中の地元の練習ではいつものメンバーがお休みのために、都内に住まいの弟子に連絡して、午後の練習場である都内の公園に向かわせたのですが、いつもより早く都内に向かうこともあって、スタバで自分のコーヒーを買ったついでに弟子のお菓子も購入。後で公園で落ち合いをしていたら、弟子はわたくしのコーヒーも買ったようです。まあ、いつもよりも多くのコーヒーをいただくことになりました。
私達の太極門の師弟関係ではなんとなくこのような感じです。十代の頃に先代の二人とお出かけの際には、我々の違いの思いの擦れ違いで私は3人分の朝御飯を食べたことがあります。
当時では、家に固定電話もない時代でした。先代の二人とターミナル駅で落ち合いして、待ち合わせ室で朝御飯を食べようとの約束だったのですが、私は駅に着く前に3人分の食べ物と飲み物を購入して待ち合わせ室に行ってみたところ、先代の二人も3人分の朝御飯と飲み物、しかも、まったく同じ種類のものが用意されていました。まあ、大笑いをしましたね。
これから旅をしなければならなかったこともあって、当時の我々は、食料配給の真っ只中で浪費するはいかにも罪深いことになっていて、真夏だったこともあってお昼までに取っておくことは非現実的でした。まあ、食べるしかありません。
で、相談した結果、先代の二人が頑張って3人分を食べて、わたくしは一人で3人分を消滅することで合意。まあ、流石に若かったこともあって、私はなんとか3人分の朝御飯と豆乳を終えました。その日の昼ご飯は流石に気持ちくらいになりましたね。
このような笑い話は人生の中でもあまりありませんでした。はっきり申すと今日では太極門のみならず、中国という国では日本とまったく異なる変わった上下関係が常識化され、目上の人間は何故か出掛ける時に財布を持たないくせがあります。偉いから、一緒に食事をしてもお金は支払いしません。なんか、日本と正反対ですね。日本の場合は上司が一杯を奢ることになりますが、私のような貧しい上司は不可能の時は学生や弟子とも割り勘で会食しております。
だが、昔の師匠は何故か進んでお金を払っていました。先代の二人は中々、私達にお金を払わせません。このような感覚で育った私はかなり昔から東京で生活をするようになったおかげもありまして、私は今日になっても昔の先代の二人や他流派の先生方のような生き方を好みます。
そもそも、師弟関係はどのような物か、我々は一代から一代でどのように太極という古代の文化遺産を伝授していくべきか、我々はどのような行動をしていれば、人間力と緊密に関連している太極を上達させられるのかは、今日の太極門の誰もがしっかりと考えて、学習をしていくべきだと感じております。
太極を伝承する者はそれなりの責任を持っております。それは、学ぶ人間も教える人間も同様です。
もちろん、太極を学ぶ者は記憶の良さやIQ などとはまったく無関係です。関係あるのはもはや人間力しかないと私は思います。
太極がこの世から消えないように、共に学習して参りましょう。


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