第1166話 足元の誤解
- 2018/10/30
- 10:11

太極の関する誤解は「推手」の押す手から、ありとあらゆる細かいところに浸透されているのが本当に悲しいです。
単純に考えると、太極はもしも、互いに誰がしっかりと大地に踏み込めての相手に崩されない訓練であれば、陸上のスパイクでも履いて相手と手合いをすれば良いでしょうが、まして、万が一の時は靴の底にあるとんがっている釘で相手に蹴ていけば良いですが…
まあ、これで多分、私とい人間は武徳がないと多くの方に指摘を受けるようになりますが、私は当然、自身の足を大地に踏み込もうともしていないし、スパイクも持っておりません。
逆に考えると、人様の体を壊す武術やその他の動きを、研究もせずにして教え、人様の体を壊す者は本当に徳を積んでいないと言っても過言ではないですね。
結果、タオイズムが考えている太極はいかにして足が軽く地面に踏むというか、実際のところ、武術の基本は足裏と大地の間合いができることを生涯かけての訓練を続く者が最終的に達人になった記憶があります。今日でも、多くの中国武術や日本武道が分裂と再分裂が繰り返し中、私は日本武道の中で足裏と大地の間合いを大切に訓練している先生を確認にております。
本日のテーマをもっと簡単に整理しましょう。
人に抑えられて動けなくなることは、相手が自身よりも体で間合いを作るのが上手いからです。
これは、ただ、軽く抑えられているだけですが、もしも、間合いを持って攻めてきた時のことは、想像に任せます。
しかし、はっきり申しますと、いくら体の間合いが上手くても、足裏と大地の間合いが作られる者を抑えることは到底無理です。
本当の格闘の達人を目指すならば、難しい武術と難しい間合いの作り方に徹するべきです。
もちろん、健康維持の為の努力もほぼ同じです。楽しての健康維持は有り得ないです。間違った太極拳を練習しての健康維持ならば、高尾山に行って、ゆっくり散歩した方がよいと思います。健康維持にプラスになるはずです。
誤解だらけの中国武術や日本武道を選択することは本当に悩ましいと思います。こう考えると、私はいつも、太極の伝承者としての責任感を強く感じます。


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