第1282話 義務教育不足の私
- 2019/02/23
- 09:21

私は来日して、すべての学業を終えて、就職してから何とか自分自身の国語である中国語を独学で勉強するようになりました。これは、自身の中国での義務教育が丁度、文化革命と改革開放の跨り、どう考えても中国語の実力が足りないことを感じたからです。
もちろん、日本で就職してからは休日になると、幼い頃から娯楽が足りなかったせいか、私は出来る限り休日を色々な娯楽で費やしていました。今日になっても、仕事がこなせている限り、太極拳の練習を写真撮影などの娯楽をなんとか兼ね合わせております。私は昔から休日がいつも忙しいですね。
本来ならば、改革開放してからは中国語の勉強は可能でしたが、あの頃は本当に色々な夢を持ち過ぎまして、何か良い洋服を揃うとか、海外の留学とか…あの頃は色々な廉価な娯楽も中国大地で台頭していましたので、流石に若い我々は当時、色々な娯楽に身を投じていましたね。もちろん、わたくしは太極拳の練習という他の若者がない娯楽を持っています。忙しくなりますね。中国語の勉強は来日して、就職してからになったのも仕方がない話しです。しかし、中国語を勉強すればするほどに、我が数千年の文明故国の素晴らしさを実感致します。
同時に、わたくしは一人の日本の永住者として、日本国の国語の義務教育も足りていないです。これは私にとってはかなり残念で無念な話しです。日本に住む一人の大人として、この日本でサービスを提供する側として、交流の基本である国語が完全ではないならば、いつになっても日本語の勉強が必要になります。
このように国語の義務教育が完全に施されていない者は、中国だと私と同じ世代やもう少し前の世代ではあまり珍しくありません。中には、標準語が話せなくて、新聞も小説も読めない文盲もかなりいます。数年前に出会った一人の中国人は立派なスマホを持っていますが、中国がまったく読めないことで、メールも打てなく、電話は通話のみで使っていますね。
わたくしは幸い、両国の国語が完全ではないことですので、なんとか時間をかけて行けば、少しは国語のハンディから脱解できることを確信しております。少しの時間があれば、中国語の古代の漢詩を読み、日本語の言葉を少しでも積み重ねていけば、「古今和歌集」のような日本の素晴らしい古典文学を少しずつ読んで行けば、私はいつか、もう少々日本人や今日のしっかりした義務教育が施されている若者に追い付くことが可能だと思います。出来る限りのブログも日本語の学習だと考えております。日本に住む人は国語のハンディを短縮する義務があると考えております。
逆に、私は現在、中国語という国語はあまり必要がなくなりましたね。だが、どうしても数千年の文明故国から来る素晴らしい文化と素敵な詩に誘われて、私は今後も中国語の奥深さを少しでも探求して参ります。
今年の春節という世界で最も大きなイベントは終えたばっかりです。本日は皆様に私が最も好きな春節に関する古詩を分かち合いたいと存じます。
《次韵陆佥宪元日春晴》
王守仁[唐]
城里夕阳城外雪,相将十里异阴晴。
也知造物曾何意,底事人心苦未平。
柏府楼台衔倒影,茅茨松竹泻寒声。
布衾莫谩愁僵卧,积素还多达曙明。

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