第1655話 逸材
- 2020/02/28
- 15:06

どの分野もそれにぴったり合っている人材がいると思われていますが、本当に不思議に感じているのは太極の分野ではまちまちで、私がたいしたことがないと思われている選手なのに、よそ様の評価がかなり高かったりします。もちろん、私とかなり有名な人が偶然と高い評価を同時に出す場合もありますね。当然、見る角度は異なりますね。
私にとって、体を太極の要求に近づく為に動く人は皆、逸材です。太極は永遠に完成ができない人体の状態であります。今日では多くの方が私を信頼しご自身の体を変え続けています。もちろん、その方々がご自身の体の変化を感じられて、太極を続く必要があると確信したからです。二チャンネルでの私の悪口として書かれていることでもありますね。私はいかに会員をやめさせない為の算段、如何に段級制度にしない口実…
私が教えている会員さんの中には10時間ほどで呉式慢架の動きをほとんど覚えてしまうほどのスーパーコンピュータのような脳を持つ人もいれば、動画だけで呉式太極の難套路を覚えてしまう逸材もいます。最近に入会されている女性の方は体が部分的に数十年も太極を練習している虚実に近いよい状態になっています。世には本当にスーパーマンがいますね。もちろん、会員の中では、私は慢架が理解できないと他の套路へは進みたくない堅実な方もいますし、年齢や体の現状で呉式太極慢架の動きを数年練習しても動作があまりうまくいかない方もいます。私は完璧ではないくてよいです。太極はいつになっても完成ができないと励ましながら練習の継続をお願いしていますが、二チャンネルでは私が無責任であらゆる手を使って適当に教えるとか、段級証書を発行しない口実にするなどと言われています。これからも徐々に私の経営や考え方を公にして参ります。そうではないと私がかなりの悪人になる恐れがあり、一人の経営者としては自身の考えや見解を常に発信することは当たり前です。ブログはこれの為と言ってもかごんではありません。
ところで、話しは戻りますが、太極にとっての逸材は父母の遺伝子の素晴らしさと自己の管理で成り立つものだと理解しております。改革開放のはじめの頃の多くの中国人気功師が言うような、俺は神の再来だとか、菩薩の再来…俺の前世は凄い人物だったから現世に現れた瞬間に凄い気、凄い内勁…凄い太極勁が備わっていることは一切有り得ないことです。いかに先天の逸材も後天の逸材も毎日のように体を正しく動かしていかなと本当の意味での健康維持にならないし、毎日の修練がなければ、いかなる武術も体操のようになります。
いかなる逸材にしても、それとも、いかなる私のような凡人にしても、太極と接近し練習するものは誰でも異種の逸材になります。人間の体の良さは本当にまちまちですが、体が太極を少しでも理解すれば、私達の体は普通の人間と異なる様子になっていきます。これこそが太極の楽しみです。
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