第1823話 良性循環
- 2020/08/18
- 14:20

本日のテーマも中国語になっています。日本語の中では似たような造語もありますが、例えば、「善の循環」との言葉は確かに聞いたことがありますし、昨日のレッスンで一人のご年配の会員様よりも「善の循環」という言葉を言及されました。しかし、私は某著名哲学者に良性循環という中国語の表現を口にしたところ、いきなり生意気だと言われたこともありますね。どうも、日本は原点評価が主流の国であって、あまり良性循環を口にするといかにも日本人離れしているとの忠告をいただきました。もちろん、亡き父が残されたゴミの山を片付けていたら私も帰化するつもりであって、真面目に日本国のイロハと真の日本人らしさを惜しみなく、そして、何よりも日本人にとって硬い殻を破っての中国ですので、私なりに真摯に受け止めておきました。私はこの良性循環で受けたアドバイスで日本人らしさの難しさをも改めて認識し直ししました。
がしかし、人間の体の真の健康と、伝来の太極勁基礎理論としては、人体という個体は止むを得ず、僅かながらの良性循環の繰り返しで徐々に理想状態に少しずつ迫っていくしかありません。人体の一つの良い状態の難しさは、西洋医で常に研究を重なって来た方でご自分も人体の正しい動きについて常に実験的に研究している方であればおそらく、私達と同様の結論に至るはずですね。これは今日に至るまで実に多くのお医者様との会話の中で得た結論であります。横柄で東洋医学を馬鹿にする西洋医は日本だけではなく、現在のところでは中国国内でも大勢いると伺っております。近代では西洋医が明らかに学歴に満たしていれば、人の体に対する発言も権威的なものになること自体は本当に仕方がありません。逆に、どの社会も近代化が進めば、毎日が慌ただしい日々を送っていれば、誰も面倒臭いことを避けて通り、社会全般も当然のように学歴に頼ってしまうわけです。異文化でさらに複雑な分野であれば、官庁はどちらかというと日本国内の免許だけに頼るようになります。これは先般、厚生労働省にお尋ねいたしました際に言われたことですね。実際のところでは厚生労働省の職員さんの人数も限られていて、あまりにも多種多様な免許を合法にしてしまうと基準の甘さによる悪性循環は避けられないそうです。
人間ができていない私はいつも意地悪な質問をします。私は厚生労働省の職員さんに伺ったのは、何故、本場で異文化としての免許を免許にしないのかと伺うと、その答えは、それはあなただってご自分の国の文化の信憑性があると確信しているのではないでしょうかと、日本人の我々も日本の官庁もあなたと同様ですよ…
はい、なるほどねと、これでは私は凄く納得いたしました。
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ところで、太極は今日に至るまで、某著名大学の学説的な研究はかなり進んでいるとは伺っておりますが、しかし、これはいつの時代においても民間の家ごとの嫡伝であることを心より願っているのはおそらく、このわたくしだけではないでしょう。
わかりやすく言えば、日本の歌舞伎や伝統芸術は大学で研究されても、民間の先生が大学の講壇に登ったとしても、それらの民間の専門文化は大学の研究学説がすべてであるとの結果は少なくとも今日の日本ではまだ無理のようですね。民間の治療法だと確かに、間違ってしまうと命や怪我が危険で厚生労働省も決断をしなければならない立場であって、最も信頼できる組織の免許を国家免許と定めるのですが、芸術の世界では日本ほどに民間の伝統的な芸術を自由に発揮できる国は逆に他にはいなさそうですね。
本日が申し上げる良性循環は基本的に太極修練者の腰胯の訓練になります。人間は、幼い頃にお腹に一定の圧が満ちていますが、それは年ごとに徐々に減っていくものですね。腹圧は減っていくと人間は自動的に何かの変わりの者で上半身の重さを支えるようになりますが、これは、仙腸骨と骨盤の間の石灰化であります。いわば、骨盤も大腿骨もその他の下半身のパーツも一緒になって上半身の体と骨格の重さを支えるようになります。これは津城の人間の状態です。
太極の訓練は、何とか仙腸関節と骨盤の石灰化を食い止めて、何とか腹圧の代わりに何とか内勁という腹圧よりも遥かにレベルの高い圧で上半身の動きを支えていくわけです。私の体験では、少しでも体全体の腹腔の内勁ができて来て、石灰化に鳴りかけている腰胯の骨格もこれによって、少しでも石灰化から開放されて、そして、開放された自由な状態でまたさらに内勁を少しずつ豊かにさせていくわけです。まあ、徐々に徐々に、中国語では、「慢慢来」ですね。
このように、私達の流派このように毎日研究しております。
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伝統太極は本来、練習する際に音楽をかけるべきではありません。その理由は、耳が脳にかなり近く、刺激的な音や声は脳の絶対的な静粛を邪魔するからです。もちろん、太極の凄い達人ならば、脳が音楽の振動を感じても絶対的な静粛を守り、逆に体内の内勁で音楽による空気の振動と同調して動くことは可能です。
私はこれを目標にして修行致します。
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