第277話 掤在两臂、捋在掌中、挤在手背、按在腰攻
- 2016/05/26
- 01:47

このように、いつものレッスンで色々な太極拳論の説明や推手時の色々な方法を説明しております。実質に本日も色々と違う年齢層と違う社会経験の方に説明をすることで、皆様の反応が微妙に違っていてわたくしは本当に皆さまのご進歩を素直に嬉しく思っています。
実際、本日のレッスンでは、記事のテーマと少し違うものでしたが、考えて見ると結構関連しているようにも感じます。
本日のテーマは、共に太極十八在訣の中のものですが、面白いように太極勁の按勁で腰を言及しています。実際に考えて見ると先日では掤捋挤按の太極十三勢の四つの内勁を解釈した際に、これはすべて攬雀尾の中に含まれるとの解釈からすれば、掤捋挤按は当然のように腰の動きに中に全部包括されていることがわかります。
太極在訣の考えは間違っていませんが、実際に毎日のように基本太極拳を割合に正しく練習されていれば、古代太極拳論が言葉上で見せた色々な違いも解釈できるはずです。これはもはや、太極拳を素直に修練されて2〜3年の方々も、もっと短い方も最近では感じています。
本日の午前中のレッスンでは、民間人の方に太極拳がいかに限られている関節しか動かない説明をさせていただきました。始まってまだ半年くらいの方よりは腰椎の動きで体をその他の動きを牽引することで体の他の関節の動きがかなり少なくなったとの報告を受けました。私はこのように会員さんの正しい理解を本当に嬉しく思っています。
午後では、割合に長い間に一緒に練習している方々に慢架と快架及び、いつもの推手練習をしながら、太極の腰椎の使い方と「引進落空」の基本要領などを説明しましたが、年寄りの会員さんより単なる腰椎を動きの難しさが訴えられました。そして、私は逆に皆さまが一生懸命に頑張っている際に微妙に呼吸を止めていて、体全体が力んでいることを懸念したわけです。当然、結果として腰椎の回転をもっと小さくするようにお願いしましたが、全身の少ない関節が動くことで体内面の柔らかさが生まれるの皆さまよりの実感が告げられたことで、各年齢層の方々の董勁状態でびっくりしております。
掤捋挤按は理屈上、両腕、手の平の労宮、手の甲と腰椎が起点になっていますが、太極の「不丢不頂」の基本原理からすると体の色々な部分による起点があっても、その受容の終点は腰椎の他にないはずです。
特に棚勁のような暗勁は当然のように体全体による聴勁の部類に入り、両腕という起点はもはや共に手三陽経絡か手山陰経絡と統一で戦う相手の外的な重心への監視的な役割になります。
同様、捋の手の平も挤の手の甲もただの起点であり、太極勁による実戦法はすべて、腰椎による受容がなければ、相手の動きや内勁の中に染み込む「不丢不頂」はありえないです。当然、太極の最上級の勁路である「引進落空」の境地への到達も永遠にありえないです。
皆様のご加入を心よりお待ちしております。
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