第552話 素晴らしい崩れ方
- 2017/02/25
- 19:19
本日もいつもと変わらぬ、土曜日のレッスンがあって、ほぼ飽和状態の教室はいつも楽しいです。会員の皆様が太極に対する熱意は半端ではないです。今日では、中国武術の本場である中国大陸では武術離れと言われる中、これほどに太極を熱心に取り組んでいく民族は他にないと確信しております。
ところで、本日も私は皆と一緒に負けて崩されて行く練習をしましたが、この崩されていく練習は元々、相手の何だかの行動を感じた際にそれをかわそうとする時の力の抜け方の修練になっています。言い変えれば、相手の行動を感じた時の一瞬の体全体の脱力によって、相手の動きの中に従っていく事になります。太極専門用語で申すと「捨己従人」になります。
そもそも、太極の基本理論では、捨己従人は守る時だけではなく、人に攻める時も同様です。わかりやすく言えば、崩れていくように攻めていくのです。そして、本日の練習の中で見事に一人の学生の方が仲間に攻めたのですが、私が申す腰から全身の力をできる限りなく抜くことで、彼は人を攻める前に自分自身が崩れてしまったのです。その学生は非常に不思議に思われたのですが、わたくしは彼を誉めました。ここでの自ら崩れていくいくことは少なくとも、彼は相手を崩そうとする一瞬に腰だけは緩もうとしていたはずです。もちろん、これは正に、捨己従人の初期段階と言えるのでしょう。
結果から申すと、太極修練はいつもの様に、最もぎこちない動きや格好良くない動き、素朴で地味な動きが勁路の最初段階と言われていました。しかし、この様な動きが上級の太極勁に進化していくのは相当の時間がかかってしまいます。そこで、ほとんどの太極屋が華麗ではっきりした動きを求めてしまうことは、致し方がないことに過ぎません。
本来の太極はもっと、地味な存在のはずです。
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