第775話 不以规矩 何以成方圆
- 2017/09/28
- 10:33

五千年程前の老子哲学が優しさが優先され、自然状態を大切にすることや人と闘わないことで自然の自分自身を求めていくことが提唱されたのですが、二千二百年程の孟子哲学になるともはや、しっかりした規則を言及するようになりました。これは、近代哲学の授業では必ず出て来る例として知られています。
原始時代ならば、法律らしい規則もあまりないですが、封建社会になると立法が生まれ、人間は定められた規則の下で棲息し、それが守れないと刑罰や罰金の刑が課せられます。哲学の授業では、原始時代の人間が単純で、人様の利益を損なって、人を蔑ろして侮り、自己の得の為に人様の心身に対する攻撃はほとんどないとも言っています。もちろん、原始時代で食べ物を奪い合う為に人に怪我をさせたり、人を殺めたりもしますが、人類は規則や法律によって人類は人間的覚悟が高められたとも言い切れないです。
不以规矩 何以成方圆。ここでの规とはコンパス、矩とはメジャーのことです。完全の円と直線を描く為にはこれらの道具が必要です、しかし、古代道教が考えているのは、果たして完全の円と直線を書くことの必要性かどうかとのことです。人類は規則に嵌り過ぎて、固有の感性も理性も失ってしまうことは老子も数千年後の孟子も認識したはずですが、哲学者がおかれているそれぞれの時代と本人の生活様式の選択によって、それぞれの哲学思想も大分異なるようですね。
伏犠も、老子も孟子も太極思想に関わっていたと伝えられていますが、そうすると、太極も時代によってはっきりとその形が明確化されるのが避けられないですね。今日になって、世界では伝統太極と制定太極殿二つの名詞がありますが、それぞれの形を拝見しているとどちらも规と矩による人体の動きになりつつあります。しかし、本来の太極思想はそれぞれの弱さを保ったままでの修練を提唱しています。そうすれば、人類は徐々に「固有分明」の境地に預かることができます。そして、十三勢などはただの通過点に過ぎませんね。
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